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下記資料4に「検案」に関する追加を記入しました

20041117日)

M411

医師法第20条と在宅医療

最後の診察から24時間以上経過していても死亡診断書は書ける

 

医師法第二十条の記述が分りにくいため、在宅医療に携わる一部の医師の間で戸惑いが生じているようです。例えば、ガンの末期の患者が在宅でかかりつけ医のケアを受けていて死亡した場合、最後に診察してから24時間以上経過して亡くなった場合、死亡診断書を書くことができないと言われているが、本当にそうなのだろうか、という疑問です。

例えば、土曜日に診察し、日曜日は休診日、月曜日に患者が死亡したような場合、「最後の受診から24時間以上経過しているので、死亡診断書を書いてはいけないのだろうか。その場合、警察に届出て、死体の検案が行われ、死体検案書になるのか。医師にとっても、また患者や家族にとっても、それまでお互いの信頼関係で診療していたところに、警察が入ってきたり、主治医の医師が死亡診断書を書いてあげられないという最後は、あまりにも非人間的である」という問題です。

結論を申し上げると、このような場合は主治医が死亡診断書を書けるということです。

私は臨床医でないので、現実の把握が不十分でした。以前このような問題があったことを聞いていましたが、最近加入しているいくつかのメーリングリストで、3回ほどこの問題が取り上げられ、在宅医療従事者の間で戸惑いがあることを知りました。そこで、その都度、以下に述べるような資料を呈示したところ、大変に喜ばれました。しかし、このようなことが現在も問題になっていることは、わが国の医療の面で由々しきことだという認識を新たにしました。

そこで、メールで呈示した資料を、私のホームページで紹介する決心をいたしました。これらの資料は入手困難な状況にあったため、私が呈示するまでかなり多数の方がご存じなかったという状態でした。

もし、これらの資料や私の解釈に不適切な点がありましたら、影響は重大ですので、至急ご教示下さい。

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資料1

医師法:

第二十条 医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診療中の患者が受診後二十四時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない

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この「但し」以下(但書)の文章が不明瞭な表現であるために、大きな誤解が生じています。すなわち、24時間以内に死亡した場合は死亡診断書でよいが、24時間を超えたら死亡診断書ではだめである、という誤った解釈です。

 

厚生省は、このへんの問題に対して、昭和24.4.14医発385号医務局長通知によって説明しているので、その通知を以下に示します。

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資料2

医師法第二十条但書に関する件  

     (昭和二四年四月一四日 医発第三八五号)  

     (各都道府県知事あて厚生省医務局長通知)  

 標記の件に関し若干誤解の向きもあるようであるが、左記の通り解すべきものであるので、御諒承の上貴管内の医師に対し周知徹底方特に御配意願いたい。  

 

      記  

1 死亡診断書は、診療中の患者が死亡した場合に交付されるものであるから、苟しくもその者が診療中の患者であった場合は、死亡の際に立ち会っていなかった場合でもこれを交付することができる。但し、この場合においては法第二十条の本文の規定により、原則として死亡後改めて診察をしなければならない。  

  法第二十条但書は、右の原則に対する例外として、診療中の患者が受診後二四時間以内に死亡した場合に限り、改めて死後診察しなくても死亡診断書を交付し得ることを認めたものである。  

2 診療中の患者であっても、それが他の全然別個の原因例えば交通事故等により死亡した場合は、死体検案書を交付すべきである。  

3 死体検案書は、診療中の患者以外の者が死亡した場合に、死後その死体を検案して交付されるものである。

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このように、受診後24時間以上を経過して死亡した場合には、死亡診断書ではなく死体検案書になる、ということは書いてありません。

 

この局長通知が今まで周知徹底されていないかったようです。例えば多くの図書館で購入されている某出版社の法規集には、この局長通知までは掲載されていません。しかし、別の出版社の法規集には載っていました。

 

しかし、幸いなことに現在は、厚生労働省のホームページを手繰っていくと、この局長通知に到達できます。つまり、この局長通知は現在も生きていると言うことになります。

 

また、残念ながら書名と出版社を忘れましたが、医事法規関連のある法令集に、下記のような解説が載っていました。これはしっかりとコピーして残しておいたので、以下に紹介します。

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資料3

「死亡診断書」と「死体検案書」の区別は、前者は、診療中の患者が死亡した場合に交付されるものであり、後者は、診療中の患者でないものが死亡した場合に死後その死体を検案して交付されるものである。また、旧国民医療法では、死亡診断書は交付の際に診察をしないでもこれを交付することが認められていたが、医師法では、たとえ診療中の患者であってもその者の死亡時が、最後の受診時から起算して24時間を超える場合には、改めて診察をしなければ死亡診断書を交付し得ないこととされた。これは、診察をしないで交付する場合をなるべく制限しようとする趣旨である(昭和24.4.14医発385号医務局長通知)。

 

 

資料4

「検案」に関する追加 以下の赤字部分20041117日に追加記入しました

 

追加記入に至った理由: 筆者はここに示したように「最後の診察から24時間以上経過していても死亡診断書は書ける」というテーマのファイルを作成しました。

ところが最近、死体の検案の定義について、裁判所の判例なども巻き込んで、各方面で複雑な議論が交わされ、医療事故の取扱いを煩わしくしていることを知り愕然としました。

その議論のなかに、一つの原典とも言える岩佐潔氏の書物(本資料4)が引用されていない印象を受けましたが、この書物の記述は検案という言葉が現在のように混乱する前に書かれているので、簡単な記述ですが、そのような時代を認識しながらお読みくださると、死体の診察と検案の境界を考える一助になるかもしれません。

 

昭和25年に次のような書物も出版されています。

岩佐潔著:死亡診断書と死体解剖(国際死因分類と死体解剖保存法解説).日本医学雑誌株式会社、昭和2581日、56.(この書物は入手困難かと思います。ご希望があればコピー(B416枚)を進呈します okajimamic@hi-ho.ne.jp へ。

著者は厚生省医務局医務課勤務で、このような法律の作成に関与された方です。この書物の中の一節を引用します。

 

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資料4

2節 死亡診断と死体検案亡診断書の作成者

死亡診断書は医師のみが作成し得るものである。従来は、歯科医師もその診察中の患者が歯科疾患が原因で死亡した場合には、この患者に対する死亡診断書を作成することができたのであるが、昭和237月に現行歯科医師法が施行されてからは、歯科医師は死亡診断書を交付してはならないことになった。これは死亡という現象は人体全体の反応機転として考えるべきものであって、人体の解剖、生理、病理等について総ての知識を有する医師のみが、正確に判断する能力を有すると認められるからである。

 

死亡の診断

死亡診断とは、ある人が生きていたのが死んだという生から死への変化の事実を診断することである。従ってそのためには、死亡の瞬間において、その事実を認定し診断するか、又は、死亡の前に医学的な推論によってやがて死亡するかも知れないと思われる疾病状態を診断し、更に死亡の後において、生前の診断によって推察された死因によって死亡したという事実をその死体について再確認することによって死亡の診断がなし得るわけである。この場合死亡を確認する行為は、死体を対象とする検査ではあるが特に生前の診察と一連の行為として「診察」という概念に含めている。

 

医師法の規定

医師は、「自ら診察をしないで死亡診断書を交付してはならない」と医師法に定められているのは上の意味における死亡の診察を指しているのであって、従って医師が死亡診断書を交付し得る条件は、先ず臨終に当って診察をして死亡を確認した場合、次に自己が診察を担当し継続している患者が死亡した場合に死亡後さらにその死亡を確認する診察をした場合ということになる。

しかしながら、診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、死後の診察をしなくてもよいという但し書があるので、死亡前24時間以内に診察をした患者が死亡した場合には、死後の診察をせずに、周囲の人から死亡の事実を聞き取っただけで便宜上死亡診断書を作成することが認められている。

しかし、たとえ診療中の患者であってもその死因が診療中の疾病と全然無関係である場合、例えば肺結核の通院患者が病院からの帰り道で電車事故のため死亡したような場合には、生前の診察との関連性は打ち切られるので、死後の診察と言うことは考えられない。この場合医師は死体検案して死体検案書を作成することになる。

 

死体検案

死亡診断書に類似したものに死体検案書がある。死体検案もまた医師のみがなし得るのであるが、死亡診断と異って、生前にその死亡の原因となった疾病を診察したことのない死体、又は外因によって死亡した死体についてその死亡の確認、その死亡原因、死亡時刻等の推定をすることであって、この場合作成するのが死体検案書である。

医師法には死亡診断書と同様に「医師は、自ら検案しないで検案書を交付してはならない」と規定されているから、医師は死因となった疾病について生前に診察しなかった死体に関しては、死体について検査した上で死体検案書を作成するのであるが、その効力、意義においては死亡診断書と全く等しい。

 

 

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 以上の資料によって、最後の受診後24時間を超えていても、診療していた疾病で死亡した場合には、死亡診断書を書いて差支えないことがお分かりいただけたと思います。

 

ところで、第二十条は戦後間もない時期に作られた条文ですが、その時代という背景を考えてみなければなりません。当時は現在のように自動車や舗装道路といったものは普及しておらず、徒歩か自転車で峠をこえて往診したような時代です。このことを念頭において、第二十条の但書を読むことが必要でしょう。

 

以下は私の主観による記述ですが、24時間以内だからということで、死亡確認のための診察を行わないで死亡診断書を交付している医師は現在いるでしょうか。そのようなことは、先進国の医療制度として通用しないのではないかと思いますが如何でしょうか。法治国家として国辱的とも考えられる「但書」部分は削除しなければならない時期にきていると思います。

 

 それでは、最後の受診から、2週間経過した場合、3週間経過した場合はどうか、という問題が提起されるかもしれません。しかし、私はこれに対する回答は持ち合わせていません。アメリカのある州では、最後の受診から20日以上経過した場合は監察医に届出る、日本であれば警察に届出る、という規定のところもあったように記憶しますが、他のいくつかの州ではそのような規定はなかったように思います。しかし、この問題に限らず、主治医が判断に迷ったときは、監察医に電話で相談すれば、監察医が事情を聞いて、主治医に死亡診断書を書いてよいと指示する場合は多いようです。わが国でも、自宅から出られない患者に対しては、定期的に往診するという医師が多いようですが、そのような医師の方のご判断が大きな意味を持っていると思います。

 

 それではどうして、「最後の受診から24時間以上経過したら死亡診断書が書けなくなる」という解釈が広まったかということになりますが、私には分りません。ただ以下の二つのことが推測されます。

その一つは大分以前のことになりますが、この方面の専門家と目される方の中に、そのように考えておられる方が何人もおりました。これが影響を与えたという可能性は大きいようです。

他の一つとして、以下に述べる東京地裁八王子支部の昭和44327日の判決理由が影響を与えた事実が挙げられます(刑裁月報13313頁に掲載)。

 

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資料5

この事件は入院中の患者(女、63歳)が屋外療法実施中に行方不明となり、1日半か2日ぐらい経ってから、病院の北500メートルの国有林内の沢で死体として発見された。同病院に搬入された後同所で検案した際に、異状があると認めたにもかかわらず24時間以内に所轄警察署にその旨届出をしなかった。・・・死亡診断書に虚偽の記載をした上、市役所に提出した。

という事件で、医師法違反、虚偽診断書作成、同行使、医療法違反で罰金2万円に処せられた。

 

この判決理由の中で次のようなことが述べられている:

「・・・特に右患者が少なくとも24時間をこえて医師の管理を離脱して死亡した場合には、もはや診療中の患者とはいい難く、したがってかかる場合には当該医師において安易に死亡診断書を作成することが禁じられている(医師法20条参照)のであるから、死体の検案についても特段の留意を必要とするといわねばならない。」

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この判決が、「死後24時間以内に診察をしなかったら検案になる」という解釈の普及に拍車をかけたように思われます。

 

 最後に:

このような感情的な表現を私は用いたくないのですが、「戦前から戦後に移行したときの古色蒼然たる遺物(第二十条)が現在も残っていて、それが在宅医療に努めようとする医師や患者を苦しめているのです。その弊害たるやハンセン病の法律以上かもしれません。」