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M417

自治組織でありながら行政行為もする

ドイツの州医師会の大きな任務

 

 

本報告はJMSJapan Medical SocietyVol.74: 70-74, May/June 2002.に発表されたが、編集部のご厚意により転載させていただくことになった。

JMS編集部/菊医会のURL http://www.j-m-s.co.jp

 

 

はじめに

 

医師会という言葉には、医師という職業を代表する団体という明快なイメージがあるが、その組織や任務について調べると、国によっていろいろな違いのあることが分ってくる。その中でもドイツの医師会は、私たちの想像を超えるような重要な国家的任務を課され、また膨大な数に及ぶ責任を立派に果しているユニークな存在である。

 

2次大戦中のドイツは、ナチの中央集権的国家であったため、伝統的に行われてきた医師の全国大会は開催できなくなり、医師の自治活動や良心は抑圧された状態にあった。敗戦によりドイツは4カ国の占領下に分割され、イギリス、フランス、アメリカの占領地域は現在のドイツ連邦共和国(旧西ドイツ)となった。一方、ソ連の支配地域はドイツ民主共和国(旧東ドイツ)となり、医療面でも西側に比べて大変に遅れることになった。1989年に東西ドイツの壁が壊れて、東ドイツはドイツ連邦共和国に併合されたが、旧東ドイツは旧西ドイツの医療制度をそのまま受け入れることになった。

 

ドイツの州医師会

 

 現在のドイツは人口8200万人、旧西ドイツの11州(旧州)と、旧東ドイツの5州(新州)を合わせた16州からなる。それぞれの州には一つの州医師会が存在するが、例外としてドイツ最大の人口(1794万人)を有するノルトライン・ヴェストファーレン州では、医師会は二つに分かれている。したがって、州医師会の数は17となる。

 

 戦後ドイツが連邦共和国として連邦制を敷いたとき、基本法(憲法に相当)は、保健医療の広範囲を州の管轄と定めた。そして、注目すべきこととして、州の管轄に属する医師の監督権が、州政府から医師の自治組織である州医師会Landesärztekammernに移管されたのである。それによって州医師会は、

·           国家の立場で規則を作り、医師会会員を監視し、

·           医師の職業上の利益を守る、

という大変に重要な任務を担当することになり、行政行為を行うことになった。どういう理由でこのような政策決定がなされたかについては、大変興味のあるところであるが、それに答えてくれる資料には、まだ巡り会えていない。

 

そこで、各州は医療職法Heilberufsgesetz(略称)という州の法律で、医師会の組織構成、医師会の任務を規定し、医師会の業務内容を明らかにしている。参考までに述べると、連邦制の特色と言えるかもしれないが、州の法律である医療職法は、その条文の書き方や配列が、州によってかなり違っているので、内容を厳密に比較対照することは簡単な作業ではないが、盛り込まれている規定の内容はどの州もほぼ同じで、連邦としての統一は保たれている。

 

 このような任務を帯びた州医師会は、公法上の団体Körperschaft des öffentliches Rechtsということになるが、医師を監督するという公的任務が移管されることによって、医師という特定の職業グループに属する者が全て医師会に強制加入させられることになった。任意加入の方式を採っている日本や米国の医師会とは、本質的に異なる点である。ドイツでは医師免許を持つ医師は、全員が州医師会に強制加入させられる。しかし、医師を監督する立場にある官庁に勤務する医師は、医師会に加入しなくてもよいという例外がある。

 

州医師会の任務

 

 それでは、医療職法で規定されている州医師会の任務を紹介することにしよう。上述のように、その記述は州によって順不同の状態であるので、ここでは最近出版されたStobrawa(2001)の書物に述べられている順に従うが、日本と違う点は解説を少し詳しくした。

 

 医師会は、医師が職業義務を守るように配慮しなければならない。例えば、医療職法、医師の職業規則、卒後研修規則(専門医認定のための規則)に関連して医師に義務違反があるときは、これを指摘して手続を行ったり、ときによってはその処置を医師の職業裁判所に依頼したりする(医師の職業裁判所については本誌67号に紹介した)。

 

 医師会は、倫理的に高い職能身分を保持することに配慮しなければならない。これに該当することとして、医師の憲法という性格をもつ「職業規則」を公布する義務がある。職業規則は、患者、同僚及び医師会に対する医師の権利と義務を規定する。

職業規則はどのようにして実施されるかというと、最初に連邦医師会(これは州医師会と異なり私的な団体)がその基本形を作成し、全国の州医師会から選出された代議員会(医師大会という)にかけて議決する。その後、各州医師会はそれを州に持ち帰り、州の監督官庁の承認を受けて公布し、施行することになる。地域の事情に合わせて多少の条文の手直しは可能であるが、このようにしてドイツでは、統一された職業規則が実施される。

 

 医師会は、卒後研修を立法者によって規定された基準に適合するように定めなければならない。ところで、大学医学部における卒前教育、医師国家試験及び医師免許は連邦の規則によって定められている。一方、卒後に行われる専門医教育と専門医認定(試験)は医師会の任務に属する。

 したがって、専門医の種類(専門科)、そのサブスペシャルティ、特殊な付加的専門領域などの種類を定め、それぞれの研修内容、研修年限、研修病院と研修指導医の認定などを卒後研修規則として規定することは、医師会の行う大変重要な任務である。

この場合も、前記の職業規則の場合と同様に、連邦医師会が卒後研修規則の基本形を作成し、医師大会の議決を経たあと、各州で監督官庁の承認を受け、州ごとに公布、実施する。規則の追加・改定も同様の手続で行われる。これによって、国内の卒後研修は統一され、医学・医療の進歩や社会事情に適合した卒後研修が行われている。専門医資格はどの州で取得しても、ドイツ国内の全域で通用する。専門医制度については本誌71号に簡単に紹介したとおりである。

 

 医師の義務には生涯研修も含まれる。医師会は、生涯研修の企画と公表を規定どおりに行って、促進させる義務を有する。生涯研修の作業は州医師会の任務である。各州には、生涯研修のための自立した学術団体(アカデミー)が存在して、研修プログラムを編成し、州医師会雑誌に掲載しているが、その種類と数は膨大なものである。

現在各州において、生涯研修規則のいろいろな形のモデル実験が行われているが、その結果を持ち寄って、罰則を伴った全国統一の生涯研修規則を2003年から実施できるように、連邦医師会が中心になって準備を進めている。それによって生涯研修の会合に出席しなければならない最低の回数や、評価の方法が明示されることになろう。また、その費用も医師自身が負担する形になり、業者との関係は厳しく制限されるであろう。

 

 医師会は自らのイニシアティブで、医師間の調和のとれた関係を保つことと、医師と第三者(多くは患者)との間の争いの調停に努めている。

医療過誤、あるいは医師の責任義務問題に対して、医師会は「調停委員会」や「鑑定委員会」(いずれも同じような機能を有する)を発足させたが、これは患者に受け入れられ、医師と患者間の関係を修復する手段となっている。そして、裁判以前の段階での調停と解明の機能を受け持っている。

ドイツ医師会雑誌(200112月)によると、北ドイツの調停所が設立から25年を経過したということで、その成果が報告されている。それによると、調停所において医師・患者間の争いで判定が下されると、その判定は訴訟を回避する効果が大きく、19981月の評価によると、訴訟回避は紛争事件の約90%に達している。また、調停の判定がなされた後、それを受け入れずに法廷での争いに持ち込まれた場合、そのような事件の約90%において、裁判所は調停の判定を認めるような判決を下す結果となっているという。このような争いの場合、立証責任が患者側にあると、それだけ患者は不利になるが、ドイツでは将来特定のケースにおいて立証責任転換を行い、因果関係が簡単になるようにしたいということらしいが、これについては法律の専門家に解説をお願いしたい。

2000年以後は、データをより細分化し、各専門分野に関連する治療の頻度、治療の理由、苦情の対策、証明された治療ミス、請求、治療ミスの結果の深刻度、記録不備の法的視点、重大な治療ミス、その他に分けて把握するようにし、その結果は雑誌、インターネット、講演によって医師に周知させるようになるだろうと述べていて、調停委員会や鑑定委員会の存在意義が一層大きくなるとのことである。

調停委員会や鑑定委員会が医師会の中に設立された当初は、医師寄りの判断が下されるのではないかと危惧されたが、担当者の良識ある事件処理によって、その心配はあまりなかったと言われている。

 

 医師が人体への臨床実験や、個人に関係した疫学的研究をする場合、実施の前に医師会又は医学部の倫理委員会で、職業倫理及び職業法規上の助言を受けなければならない。職業規則には、そのような場合は、1964年のヘルシンキ宣言とその改訂版に従うようにと書かれている。

 

 医師会は、診療所に勤務して医師を補助する医師補助者Arzthelferin(女性名詞の教育と監視が法律で義務づけられている。この医師補助者は戦後に作られ、国で認められた職種である。3年の教育を受けるが、医師会が教育の責任を持っている。診療所において、管理的な仕事(記録や請求)を受け持ち、診断や治療を手伝い、設備や器具の保守なども行う。日本にない制度であり、今後さらに発展しつつある状況にあるので、最新の事情を少し詳しく紹介することにしょう。

最近州によっては、生涯研修によって専門的な教育を受けることにより、専門補助者の資格を取得できる道が開かれた。今までのオールラウンドの医師補助者の他に、専門的な能力を身に付けた医師専門補助者の出現は、医師と補助者の両者が望んでいたことである

ある州医師会雑誌の20023月号に、9月から専門補助者の研修が開始されることが載っている。研修は280時間の必須部分と120時間の選択部分からなり、毎週土曜日に行われる。これにより、最新の質の管理の基礎に精通し、自立性を持って経理を世話することができるようになる。また、診療所の電算化に役立つ情報技術を身につける。この記事によると、予防、健康指導、患者とのコミュニケーション、救急医学を学ぶことができる。別の資料によれば放射線防護、薬物治療の基礎なども書いてある。18ヶ月の必須部分は試験によって完了する。講習料は820ユーロ、受験料は100ユーロ、また700ユーロまでの奨学援助もあるとのこと。

医師会雑誌には毎年給与表が掲載されるが、給与額は経験年数とともに上昇する。しかし、市中の一般職より高くはない。このように、私たちの目に触れない領域においても、医療の向上と効率化を目指して、新しいものに取り組んでいくドイツに、学ぶべきものがあるように思われる。

 

 医師の診療行為の質を確保することは、いくつかの法律で規定されているが、これは医師会の包括的任務となっている。医師の自主管理業務として行われ、その仕事の枠は将来さらに拡大していく。連邦医師会は質の確保について構想を作り、州医師会は実施に当っている。いろいろな領域で質の確保のプログラムが進行していて、たとえばレントゲン写真の審査、データの集積・分析といった部署が作られたりしている。

 

 医師は医師会に申告義務と出資義務がある。医師としての身分や診療行為に関連して、各種の資格証明書を提出し、届出をすることが義務づけられている。医師会の会費は、医師としての業務による収入の0.4パーセントとなっているが、収入が低い場合は軽減される。

 

 医師会は「消費者保護」のために、情報や助言を提供することによって、患者や市民により一層目を向けている。オンブズマン、助言機関、情報サービスなどによって重要さを増してきている問題に対して、州医師会は適切に対応している。

 

 医師会は、今まで述べてきたような国家的任務と同じように、職業の利益を代理し促進することを委任されている。職業法規上での医師という職業の支援である。しかし、州医師会が医師個人の経済的及び契約上の問題の代理をすることは許されない。

 

 保健医療と社会政策の問題は医師会にとって重要な任務で、これらは医師会の理事会や各種委員会で議論され、議決される。医師会は、州や連邦の法律、法規命令、行政規則について意見を求められる。

 

 医師会は、公的な保健医療サービスとして、管轄官庁の求めにより鑑定を行い、あるいは鑑定人の名を挙げる任務を有している。

 

 上述とは趣の異なった医師会のもう一つの任務として、職業に従事できなくなったり齢をとったりした場合に、経済的に十分に守ってあげるため、医師本人とその家族のための「年金制度」を創ることがある。それに基づいて州医師会ごとに医師年金基金が設けられ、すでに数十年間続けられている。

 医師年金基金には通常全ての開業医、勤務医、公務員医師が所属する。障害で働けなくなったときや特定の年齢に達したときに、医師年金が会員に支払われる。寡婦(夫)年金や児童手当もある。このために詳細な定款が作られている。会員はかなりの額の保険料を支払う義務があるが、公的年金と同様に賦課方式なので、医師はリタイアしたあと、インフレに心配なく、一応安心して生活できる程度の年金が支給される。この制度があるため、先般開業医に68歳の定年制が設けられたときに、反対はほとんどなかったという。平均的にみると、年金基金はかなりの額の資産を持っていて、そこからの利益も年金支給を支えている。

 

 医師会による違いはあるが、罪なくして困窮に陥った医師と家族に、個人的に経済援助をする援護施設を持ったり、福祉や援護の施設と提携したりしている医師会もある。

 

 以上に述べたように、州医師会は監督官庁から権限の委譲を受けて、医師職業規則などの規則の公布や医師の監督などの行政行為を行っている。その一方、医師という職業の利益を守り、年金基金によって医師と家族を支えたりしている。

 

おわりに

 

 ドイツの医師会には、州医師会と連邦医師会の二種類がある。今回は州政府から医師監督の権限を委譲された州医師会の任務について紹介した。

 30年ほど前であったかと思うが、次のような記述を読んだ記憶がある。

「もし医師会がその任務を怠ったとすると、国民、議会、政府、マスコミなどから当然批難が起るだろう。その結果、折角手に入れた医師会の自主管理は取り上げられ、行政の支配下に入ることになるであろう。そうなると医療は官僚主導となり、医師が理想と考える医療を、医師の手によって実現させることができなくなる。そうならないように医師会は努力しなければならない。」

医師会の努力の積み重ねが今日の制度を確固たるものにし、上記の杞憂は忘れ去られた感がある。

 

文献

 

Stobrawa, F.F.: Die ärztlichen Organisationen in Deutschland. Entstehung und Struktur. W.Zuckschwerdt Verlag, München, 2001.