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M419

論壇

外国の医療事情を国民と共に勉強し医療改革の推進力に

外国の医療事情を国民と共に勉強し医療改革の推進力に

 

本報告は雑誌「ばんぶう2002年9月号に発表されたが、発行者である(株)日本医療企画のご厚意により転載させていただくことになった。

(株)日本医療企画 http://www.jmp.co.jp/

 

 

東京医科歯科大学名誉教授 岡嶋道夫

 

日本で医療制度改革が進まないのは、従来の制度・システムに拘泥した医療界の「内向き」体質にあると筆者は説く。その体質打破に向け海外の医療事情を患者である国民も含めて深く学んでいくことを提唱する。

 

本誌7月号の社説「外部の血を導入してでも医療風土の変革急げ!」を読んで共感を覚えたが、私なりに少し付け加えてみることにした。社説では、「日本の至るところで自浄作用が働かなくなってきた。・・・とりわけ医療界は外部の血が注入されておらず、・・・時代や社会についての認識が淡白だ。自ら変革に取り組む意識に欠けている。」と述べ、「リーダーの登場が待たれるが、それが難しいのであれば、医療界の体質や秩序を打ち壊す人材を外から招き」、それによって保守的風土を変革することを提案している。

 多くの識者や委員会などが、医療制度の改革や医療の質の向上に対して提案をしても、所詮医療費抑制の政策の下では何事も実行に移せないし、痛みを伴う変革は押し付けることができないという暗黙の共通認識があるかのように、一向に前進しない。しかも、目先の問題に翻弄され、20年、30年後を見据えた議論がおろそかにされている。

 この医療界の内向き志向を打ち破る、残された手段の一つとして、先進諸国における医療の実際を、医療界だけでなく、国民も含めてもっと広く勉強することが考えられる。情報化時代と言われていても、外国医療の核心部分の情報が不足しているように感じられる。ここに示す二、三の例を多くの国民が理解してくれると、わが国でも患者に配慮した医療が当然の権利ではないか、また医師の義務は現状のままでよいのかと考えるようになり、改革に向けての強力な推進力となるのではないだろうか。

 

日本で注目されないアメリカ病院の内規

 

 アメリカの医療制度は様々な場で紹介されているが、アメリカ医療の特色といえるオープン・システム病院についてはどうか。ホームドクターが自分の患者を入院させると、入院中の患者を訪ね、病院に所属するそれぞれの専門医に診療を依頼することは知られている。私は数年前、ホームドクターとして30年あまり診療に従事された堀江司医師(内科専門医)から、もう少し詳しい事情を伺うことができた。

それによると、オープン・システムの病院に送った自分の患者を病院で診るためには、病院と契約を結ぶ必要がある。患者を入院させるときには入院時要約(admission note)をつくるが、特に内科系の疾患のときは既往歴から始まって全身所見、検査成績、職業、嗜好、家族歴、精神科的なことまで記載するという。患者を入院させると、毎朝病院に行き、メールボックスに入っている検査記録や、依頼した専門医からの報告に目を通し、患者を診察して、次の依頼を指示してから自分のオフィスに戻り、10時ころから日常の診療を行っていたそうだ。

入院中は、診療内容によっては、病院の他の医師が一時的に主治医になることもある。そして、退院時には期限内に退院時サマリー(discharge summary)を書き、患者が自宅に戻ったか、それともナーシング・ホームまたはボーディング・ホーム(リハビリ中心の長期入所施設)に入ったか、そしてそれを自分が往診するということまでを記入する。寝たきりの状態の患者はナーシング・ホーム、自宅に戻る前に体力の回復などが必要な患者はボーディング・ホームに一時的に入るが、退院時にソーシャル・ワーカーがどちらにするか相談してくれる。退院時サマリーは通常2週間以内に提出しないと病院側から叱責を受ける。これをきちんと行わないと病院との契約が打ち切られ、自分の患者として入院させることができなくなるので、開業医としては致命的である。筆者はインターネットで他の病院の内規を調べてみたところ、2週間という規定は共通していた。

なお、ホームドクターを持たない患者が退院後にホームドクターのケアを必要とするときは、病院と契約している開業医が当番制を敷き、その日の当番に当っている開業医がその患者のホームドクターとして指名されるという。

 このように、アメリカのホームドクターにはオールラウンドの能力が求められる。最近日本やドイツの病院医師のように、病院で長時間働く医師(hospitalist)が増えており、その方が質を落とさずに入院日数や医療費が削減されるという調査結果が多数出ている。その是非はともかく、アメリカではどの病院でも分厚い医療スタッフ内規(medical staff bylaws)をつくり実践している。そうしないと、JCAHOによる病院審査に合格しないのである。

こうした内規の存在と意義については、日本ではあまり注目さていない。日本の院内規則と比較する作業をぜひ行ってほしいものである。もっとも、特殊な用語や行動の基礎を理解していないと、読み下すのは難しいかもしれない。そのなかのピア・レビューを検索してみると、これは病院として一括してではなく、各科ごとに行う形となっている。医療事故やそれに近いことを隠さずに報告して、事故防止に役立てるためにつくられたシステムであるので、この記録は裁判には使われないことになっているが、この記録がないと病院審査の際、大きな問題となる。

日本でもオープンシステムやピア・レビューといった言葉や大まかな概念は知られていても、その実際はあまり知られていないのではないだろうか。こうしたシステムを患者とともに十分把握していくことが、日本の医療の発展に大いに役立つと思われる。

 

開業医同士の連携で成り立つ独の救急業務

 

 ここで話題をドイツに移してみよう。私たちにとってドイツは、戦前は医学の師であり、戦後は医療保険制度の手本とされてきたが、ドイツの正確な医療事情はほとんど伝えられてこなかった。医療保険制度は数多くの難問を抱えた制度であるが、この点はドイツでも同じである。しかし、意外に思われるかもしれないが、ドイツ国民の大多数は現在の医療制度、とくに救急業務(医療)に対して大変満足している。

 そこで、ドイツの救急について述べよう。誰が見ても緊急入院が必要と思われる大ケガや病気は、救急車(必要があれば医師同乗)によって搬送される。そうでない救急患者は、救急業務規則によって、24時間365日診療所での診療と往診が受けられる。1956年に医師会で作られた医師職業規則によって、各地で救急当番制が行われるようになったが、1972年に行政裁判所は、救急業務を各州の州法で義務づけなければならないという判決を下した。そこで各州の医師会と保険医協会は、連邦医師会と連邦保険医協会が作成した指針に準拠して、救急業務規則を制定することになった。

これにより、開業医は全員、救急業務に参加することが義務づけられるようになった。現在、眼科と耳鼻咽喉科は独自に救急業務体制を作っているが、それ以外の医師は地域ごとに組織される救急業務のグループに参加する。この場合、内科以外の専門医が救急患者を扱えるかという問題があるが、何科の専門医であっても日常の救急業務に参加できる能力を持っていることが開業許可の条件となっている。救急医にとっては診断が重要で、入院の必要があるかどうかが判断できればよい。ドイツでは医学部の3年という早い時期に、生命に危険のある症状の捉え方、対処の仕方というGPの基本になる教育を受けていることも、これを可能にしているのであろう。

ドイツは全国的に土日と祭日、水曜日の午後が休診日となっている。そして義務づけられている生涯研修は、水曜日の午後と土曜日に組まれている。医師は自分の患者に対しては、必要があれば診療時間外でも診療する義務があるが、救急当番の時間帯であれば、救急当番医に依頼することが可能である。

地域によって違いはあるものの、救急診療は自分の診療所、あるいは自治体の設けた救急センターで行い、往診にも必ず対応する。救急センターが連絡を受け取り当番医に紹介するケースが増えているが、当番医には常に連絡が取れることが義務づけられ、時間内は担当地域外に出ることが禁止されている。例えば20人の医師の地域であれば、3週間に1回夜間の救急当番が回ってくる。救急当番医として診療した医師は、患者を主治医に戻して報告をしなければならない。また、診療時間内に長時間不在にするようなときは、必ず同僚医師に連絡し、自分の患者に何かあったときに対応してくれるように依頼しておかなければならない。このように、同じ地区の開業医はお互いに連携する間柄となっている。毎日数百人の患者が押しかけるアメリカの病院の救急外来ERとは、違った救急体制となっている。

 

統計に基づいた議論の重要性

 

 先進国を多数包含するEUの動向にも関心を向ける必要がある。

 夜間の当直の内容を見ると、実際に業務を行っている時間と、仮眠を取ったりして休憩している時間とがあるが、ドイツの場合、当直は待機業務扱いで、業務を行っている時間だけが勤務扱いとなっている。ところがEUの裁判所は2000年10月3日に、待機業務も勤務とみなすという判決を下した。EUの裁判所の判決は、一国、たとえばドイツの裁判所の判決よりも重い。この判決はドイツの病院と政府に大きな衝撃を与えた。これに従うと、夜間の当直に引き続いての昼間の勤務は労働法規上違法となってしまうからだ。これを解決するには15,000人の医師の新規雇用が必要となるが、とりあえずドイツでは2003年にその10分の1程度の費用を用意することになった。しかし、それ以上増員できる見通しは立っていない。昨年あたりから医師志望者の減少で病院は定員を満たせなくなってきているが、まだ診療内容への影響は出ていないという。数年前の統計によれば、病院医師は毎日平均2時間、ドイツ全体では1年間に5千万時間を超勤手当なし、代休なしで働いている。わが国の研修医問題のように、よその国もそれぞれ問題を抱えていることが分るが、しっかりとした統計に基づいた議論の重要性を教えられる。

 

 以上は僅かな例に過ぎないにしろ、患者に配慮した医療に向け努力している姿が伝わってくるのではないだろうか。医療界も国民もこのような情報を豊富に集め、それを根拠として医療改革へ積極的に働きかけてほしいものである。