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M420

ドイツの医療の実際を伝える

故柴田三代治医師(ドイツ)の

書簡と会話の記録

 

ドイツで開業しておられた柴田三代治医師と私との交流は、神奈川県大和市に開業しておられる菊地博医師の紹介により、1998年秋の文通から始まった。お会いしたのは2001年3月が最初で、2002年と2003年に来日されたときには数回ずつお目にかかり、先生の講演会のお世話をしたりした。そしてこれから先を楽しみにしていたところ、2004年1月25日に突然他界されてしまった。痛恨の極みである。

その間に柴田先生は私の手紙の質問に対してファックスで懇切に回答して下さった。私が疑問に思っていたことを裏づけして下さったり、また新しい情報を提供していただいたりした。これがなかったら、私の発表は何時も不安に満ちたものになっていたであろう。お互いに日本語で、日本人の感覚を基礎にして会話ができたことは、幸運に恵まれたという一語に尽きる。しかし、運命はこの幸せを長続きさせてはくれなかった。これは、私たち日本人がもっと自立して物を考えよ、という天からの試練かもしれない。

柴田先生から頂いた手紙は、わが国ではほとんど知られていないドイツの医療の実際を具体的に伝えていて、医療の本来あるべき姿を教えてくれる指南書とも言える貴重なものである。この内容を皆で共有し活用することが、故人に捧げる花束になるのではないかと考え、抜粋を作成することにした。

これらの手紙は、主として質問への回答という形で書かれたものであるが、質問を併記しなくても十分に理解していただける内容になっていると思う。できれば後日、テーマや用語の解説を書き添えたものを発表したいと望んでいる。

ドイツの医療経済は世界的な不況の中で苦しんでいるが、患者により良い医療を提供するための努力はあらゆる面で力強く推進されている。そして、それらの活動の実態は速やかにまとめられて、インターネットなどで活発に発表されているが、その情報は透明であり量はますます膨張している。先進工業国の中で米国、日本に次ぐ大人口を有するのがドイツであるが、これを機会に注目していただきたいと願っている。

柴田三代治先生のご冥福を祈りつつ

2004年6月13日

岡嶋道夫

東京医科歯科大学 名誉教授


2002年5月12日 くすり勉強会での講演

 

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柴田三代治先生の書簡と会話の記録

原文の文字、かな遣いはなるべく残しました

僅かですが、用語の一部は書き換えてあります

【 】内は岡嶋の加筆です

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1998年10月30日

岡嶋先生

御手紙有難く拝見致しました。先生の御努力と御博識に全く感服致しました。それにひきかへ私の今まで投稿した雑文などは、曰く素人のヒマツブシで、結局開業医が自分で体験又はタッチする範囲内でイチャモンをつけている様な状態で本格的な学術的研究ではありませんので先生と御一緒にインターネットへなどとは、思っただけで汗顔の至り、有難い御言葉ですが、お断りさせて頂きます。

資料の蒐集・新聞雑誌の切抜き、また実地の面で御質問がおありでしたら、いつでも喜んでお手伝いさせて頂きますが、共著などは全く思ひもよりません。曰くプロとアマの差とでも申しませうか、私の以前の投稿のコピーをお送りしますので御笑読下さい。

ドイツ健保医の上限年令、診療所の閉鎖・後継者問題などで本年は日本に帰れませんでしたが、来年は御縁がございましたらお目にかヽりたいと思ひます。

菊地先生によろしくお伝え下さい。

御健康と御活躍をお祈りして居ります。

柴田三代治拝

 

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1998年12月9日

岡嶋先生

お手紙拝見致しました。

"Die Dokumentation muss nicht für Laien verständlich sein“ ですから、記録【診療記録】は素人に理解出来る様に書く必要は無いというわけで、理解出来る様に書いても構はないのです。略号・記号を使っも良いが "wenn für einen anderen Arzt erkennbar ist"というわけで、少くとも他の医者に何を意味しているのか理解出来る様な略号又は記号を使う様指示されているわけです。

その延長として "Voraussetzung ist aber stets, dass die Dokumentation leserlich ist."というわけで少くとも読める様に書くのが前提であるという事です。特に医者の手蹟は何を書いたのか読めないというのが世評で、処方戔で薬局なども、大変苦労する様です。

Dokumentation は所謂医者の"自分用"の記録であると同時に同僚の医者(病院ならば)又代診(休暇中の場合)に判る様に書くわけです。

健保や又は医師会から問合せのあった場合"何日、どういう理由でどういう治療をしたか"という返事をするためにも必要です。

特に裁判沙汰になった場合は重要です。

患者がこれを見るという事はありませんから癌の告知と関係ありません。【診療記録の開示は1995年の世界医師会リスボン宣言のあと、ドイツでは1997年に医師職業規則の中で義務づけられました】

ガン患者も最近では一応病状を説明しなければ、手術又は照射治療又制ガン剤の処方、服用も出来ませんから、何も事改めてガンの告知をするとかしないとかという事ではありません。

又必要な診断方法 レントゲンから内視鏡、CTからNMRも患者の理解と承諾が要りますから、素人の患者にも判り易い様に説明するわけです。

 

 医師 特に健保医は日中は必ず連絡可能の状態にある事が必要です。往診中なら看護婦か又奥さんが電話に出て連絡をとるというわけです。

 長時間不在の場合は必ず同僚又は近所の医者にその点報告、承諾を得る必要があります。土日と水曜日の午後と夜間(19時から7時まで)は Notfalldienst救急業務 が当番制で回って来ます。ですから24時間、ホームドクターが居なければその同僚、夜中又休日ならNotarzt救急当番医が必ず居るわけです。

 交通事故又は急患(ブッ倒れて意識不明とか路上で苦しんでいるとか 素人目でみても緊急である場合とか)の場合は直接救急車を呼ぶ場合もあります。

 乱筆乱文お許し下さい。

  柴田三代治拜

 

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1999年2月18日

岡嶋先生

開業医には当番制の救急業務の義務があります。眼科・歯科・耳鼻咽喉科は独立した当番制を持って居ります。それ以外の専門は例えば外科・産婦人科・整形外科・内科・ヒフ科を問はず当番が回って来ます。

内科的疾患の場合でも、果してこのケースが入院看護の必要があるかどうか判定するのは他専門の医者でも出来るわけです。心筋梗塞と診断すれば(又その症状があれば)早速 Notarztwagen(医師同乗の救急車) を来らせれば良いわけで治療の方はその救急車の医者がするわけです。医者の添乗が不必要な場合Krankenwagen(病院車)を呼ぶわけです。

つまり他専門の医者でも 例へば産婦人科の医者でも簡単な風邪位は治療出来る筈であり重症と診断した場合(又は病名不明)入院させるかどうか位は判るわけです。

 

Klinischer Berereitschaftsdienst mit Notfallversorgungというのは何処かの Klinik(病院)で当番制の救急業務をやっている場合で、このようなケースで病院関係の救急業務をする医者は開業医の当番から外してもらへるわけです。

 

週末では土・日の差がありますが、私の経験では(人口二萬のオーバラート市)土曜日は 20人外来、10〜15回往診、夜間は(夕方8時から翌日8時まで)外来4〜5人 、往診3〜4人といった所です。季節により又流行病により大差があります。日曜日は10%増。

 当番の医者が病院まで付添う事はありません。そのために Notarztwagen(医者同乗の救急車)があるわけですし純然と別個のシステムです。勿論、開業医の当番医はNotarztwagen の医者に病状・所見等を傳へるわけです。

慢性患者の症状が急に悪化した場合は主治医に連絡がつけば結構ですが、時間外ならば当番の医者に電話するわけです。

 

電話だけでの指示も出来ますが、未知の患者に診察ナシの指示は非常にリスクが高いので私は必ず診療所に来らせるか又は往診しました。

 

ドイツの救急車は3種類

Notarztwagen 医者同乗の救急車

Rettungswagen 【Rettungは救助を意味する】設備の点で Krankenwagenより良く看護夫も最低2名居る

Krankenwagen 病院車、看護夫1人又は2人で歩行不能の患者の輸送、救急設備あり

管轄は市町村公共体

 

ドイツでも開業医が診療時間外に診療しない(又は出来ない)ために当番制を作ったわけで、病院に搬送された場合専門外の当直医師という事はあり得ない事で、病院には必ず、内科・外科・産婦人科、放射線科の専門医が居り、又病症によって神経外科・脳外科・精神病科、また心臓外科治療が必要な場合は一應緊急措置をとった後で再輸送する事になります。

ドイツの病院は個人病院ではありません。

Berufsordnung医師職業規則に違反すれば戒告又は健保医資格停止又医師免許の剥奪ばかりではなく民法、刑法による裁判沙汰になります。

乱筆乱文お許し下さい。柴田拜

 

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2000年5月21日

岡嶋先生

 お便り拜見致しました。

 ドクター柴田の天眼鏡をお読みになられたとの事、全く赤面の至りです。あれは健保誌編集長であった桐木教授が朝鮮京城時代の同級生で、何かオモシロ・オカシキ話を書く様にと言はれて駄文をモノしたわけです。あまり眞面目な話ではありません。

 

大和市の菊地先生にドイツの失業医の内容・数・対策と将来性などドイツ文資料をお送りしました。定年制もまあ妥当と思ひますが、政治家にも同様に定年制を布いてもらひたいものです。年金5000〜6000マルクではまあ中産階級の生活可能です。レジャー・旅行・車・ホビーとなると一寸苦しいです。平均収入が大学卒5000マルクですから(技術者も5000マルク位)、病院勤務の中年で7000〜8000マルク(夜勤手当ナシ税込)ですから御想像下さい。

 

診療時間:開業医は一般医・専門医に拘らず診療時間を規定してあります。例えば月―金朝8時半から11時、月火木午後3時より6時まで、水曜午後・土曜は診療ナシと言った調子です。この場合金曜日の午後は予約患者だけ診療したり特別診療又鑑査その他、手術をしたりというわけです。水午後・土は急患当番制がありますから、一般診療は休みの場合が殆んどです。

GP(所謂ホームドクター)はこの開業時間中に患者を受付けるわけです。患者数が多過ぎるとか途中で緊急往診などすると、開業時間後に診療を続けるわけです。急患は常に受付けますから、その場合予約してあった患者は後回しになるわけです。

 専門医は殆んど受付制で例へば産婦人科の開業医に予約しようと思うと3〜4週間後になる事が多いのです。

時間帯による混雑を防ぐためGPでも予約制をやりますが、フリの患者を追ひ返すわけにもゆきませんから、あまり実効はありません。ですから始終混んでいるわけです。

 原則としては"開業時間中は患者を受付けて診察治療する"わけです。

 

長期処方:長期服用する薬はパッキングの大を処方すると

1)薬の単価が安い(20〜30%)

2)医者の処方診察料が不要

3)薬局での自己負担分が一回で済む

以上は健保の方で経費節約のため指示している。

例へば Lanitop (methyldigoxin) 100錠なら3ヶ月半分あるわけですが、自覚症状があったり、何か具合が悪かったりすればその間必要に応じて医者の所へ行きます。時には患者の家族が処方戔だけ貰ひに来る事もあります。【薬は大、中、小の3種類のパッケージ分類されいます。大中小によって自己負担額が違いますが、その自己負担額は薬価とは無関係です】

 

医薬分業:処方するのが医者で販売するのが薬局ですから、薬の説明は病状に合はせて医者が処方する時にもう委しく話してある筈です。【薬局で薬剤師が薬の説明をすると、他の患者に聞かれてしまうことはないか、という質問への答です】

 

救急当番制:開業医は全員救急当番が回ってくるわけですが歯科・眼科・耳鼻科は独立して当番制を作っています。この義務免除は理由があれば(年令・身体障害・その他)医師会で審議後免除され得る可能性はありますが、免除されない場合誰かに代診を依頼する事もあります。

又専門医(整形外科・小児科・産婦人科)が心筋梗塞のケースに呼ばれる事があるのは勿論ですが、内科医でなくても医学的診断は出来るわけで、ここでは治療よりも診断が要求されるわけです。重症であるという場合は、Notarztwagen(医者付救急車)を呼べば良いわけでこの判断を下すのは当番医である、というわけです。

 

連絡可能:日中は必ず連絡可能な状態にある必要がある。特に Handy(携帯電話) を全員(保険医全員)持っているわけで連絡はつく筈である。例へば往診で30分〜1時間かかる予想でその間別の急患が出れば、"状況判断"で隣の医者が代って往診したり、救急車を呼んだり 又 1時間位なら大丈夫というのなら待たせるわけである。

 診療時間は健保医申請開業許可の時点で規定公示される。開業時間は診療時間プラス休憩時間で、救急業務開始の時刻までホームドクターの責任となる。ホームドクターが往診中ならば上記の"状況判断"を見て下さい。

 Neurologe(神経科医)は医者ですから当番制に入ります。Psychologe(精神科治療)、Psychotberapeut、又Psychoanalytiker (分析)は医者ではありませんから当番に入りません。卒業している学部が違ひます(教育学部・文学部 etc)。

 

救急医療用診療所設定:約一年程前から、オーバーラート市の中に救急用診療所を借りて当番医は日中そこで診療し、夜間は自宅から往診する事になった。

 

ドイツの病院は内科・外科・産婦人科、レントゲンがあり、一寸大きな病院では上記の内科・外科・産婦人科の外、眼科・耳鼻科があり、もっと大きな病院では整形外科・神経科・神経外科・泌尿器科等々内容が増える。大学病院はもっと大規模である。

精神科・神経科の慢性患者を収容する特殊病院というものは特殊施設と言った方が適切である(Anstalt)。

御健康をお祈します。

お便り下さい。

柴田三代治拝

 

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2000年5月24日

岡嶋先生  先生の原稿は訂正の余地無しと思ひます。OKです。

 

医療に対する満足度:これは医療制度が良い悪いというより、国民性の問題で「自己負担分が高い」「希望している薬、例へば痛み止め、カゼ薬、ヌリ薬は処方してくれないし、マッサージ、クール療法も処方してくれないし…」という不満感とか「何十年と保険金をかけているのにサービスが悪い」とか文句はあっても結局の所、ドイツでの保障はヨーロッパ他国に比べてマシであり、特にアメリカとか発展途上国に比べると天地の差があるというわけで約90%もマアマア満足という返事が出るわけです。

例へばドイツ在住のトルコ人に言はせるとトルコに居るよりずっと良いがもっと薬と注射を沢山やってくれて欲しいし、特に子供を連れて医者に行くのが面倒臭いので、何かというとすぐ往診してくれと言ひ40°の高熱で吐いて下痢して動かせないなどと嘘を並べ、往診してみるとタダのカゼで熱も37°位というのが多い。タダより安いものはないし、タダだと有難がらないわけです。ですからドイツの医者は不愛想だというわけで、不満足というわけになります。

ドイツ人は仕方が無いから満足しているわけで、不公平で無い限り文句は言っていません。

 

ドイツの医者は勤勉かどうかはやはり国民性の点もあり、医者に限らず百姓もサラリーマンも労仂者も仕事は一生懸命にやります。そして貯金します。EC国の連中に言はせると「ドイツ人は仕事をするために生まれている」様なもので、普通ならば「生きるために仕事する」のに全く逆であるというわけです。

ホームドクターを替へないのは替へても仕方が無いからで、ホームドクターは名医でなくても世話してくれればそれで沢山難病なら専門医ということです。

 

医者の報酬は労仂負担に比例してると思ひます。別に他の職業に比べて(例へば鉄工会社の夜勤とか炭坑地下の労仂とか建築技術師の高所作業とか)特に医者が困難で辛い仕事をやっているとは思ひません。誇りに思っているかどうか判りませんが、職種の内では医者は一番偉いと思はれています。医者の次が牧師、政治家、弁護士とか先生とかなっています。

患者にしてみれば一番命にかヽはるのは医者の仕事ですから日常アリガタヤと奉っていた方がいヽと思っているのでせう。

 柴田三代治拜

 

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2000年6月30日

岡嶋先生

往診について疑問点がおありの様なので資料をお送りします。

往診(Besuche)と回診(Visiten)の定義: 8時から20時は普通。臨時往診 緊急 又 夜間、週末、休日の附加料金(20時から8時迄)。回診も自己病院(Belegstation つまり入院中の患者)とか、定期的なものと緊急の場合と、往診のついでに診療した場合とか、老人ホームの往診―それも定期的に多数診察する場合は普通の診療と同額になるとか、必要があって患者輸送に同行した場合 又 必要があって長時間(30分以上)患者宅に滞留した場合、又 専門医として診断要求されて往診した場合(Konsilium)等々微に入り細にわたり定っています。又 専門によっても少しづヽ違ひます。

療術師のやれる治療行為と治療方法には制限があります。そのリストは私は今持って居りません。医者は医師免許があればどんな治療をやっても良いわけです。但し健保補償を請求するとなれば資格の証明Qualifikationが要ります。Akupunkturをやっている療術師はたくさん居ます。医者でやっている人も居ます。

では又   柴田三代治拜

 

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2001年8月30日

岡嶋先生

レントゲンが無いから肺病は診断出来ないとか心電図をとらなければ心不全の治療が出来ないというのは、若手の医者のハイテクに頼りすぎている傾向と "所謂" 専門化で、内科は小児科の診察も出来ないとは全く呆れ果てたものです【私が送った日本の小児科救急の新聞特集記事を見て】。全部基礎医学の段階で習った筈なんですが忘れてしまったのでせう【ドイツでは学部3年(病理や薬理を習っている学年)の医師国家試験で、生命に危険のある症状の捉え方と対処が試験されます】。

私はアフリカや中近東でヨーロッパ各国の医師団体と一緒に外科(戦場・事故)内科(結核・マラリア・ガン・心臓病その他)小児科(傳染病全般)治療しました。勿論、レントゲン・心電図・エコー無しの砂漠のテント内でお産から産後出血の子宮掻爬までやりました。気胸の穿刺も打診だけで出来る筈ですがやはり経験が第一でせうね。機械が無いからといって患者を放って置くわけにはいきませんから。

では又お便り致します。 

 柴田三代治拜 


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2001年11月13日

岡嶋先生

お便り拜見致しました。先生の御発表の資料有難く頂きました。随分委しくお調べになってられますね。お仕事大変ですね。

 

病院医師の仕事で夜間の当直が普通の勤務時間として計算されるのか 又 休憩時間として見做されるのか(急患が無ければ寝て休んでいていヽわけですから)という問題で、勤務時間とされるならば給料の問題ばかりではなく一日勤務時間の制限があるため(寝呆けて患者の治療が出来ないとなると困りますから)次の日は別の医者が勤務しなければならず、従来のローテーションでは医者が足りなくなります。新雇用で病院の経費が上がれば又健保々険金も上るというわけです。困ったものです。【ドイツでは病院内での夜間の待機時間は勤務とみなされていない。仕事をした時間だけが勤務となる。しかし、EU裁判所は待機業務も勤務とみなすべきであるという判決を下した。これが勤務時間となると労働法規上翌日は働けなくなるので、ドイツでは今大問題になっている。】

 

年金制度があっての定年制度ですから、生活に困るとなると仕事を止めるわけにはいきません【ドイツでは医師免許を取得すると医師会に強制加入、同時に医師老齢年金保険にも強制加入させられるので、老齢年金と障害者年金が確保されている】。日本の医者はドイツの医者よりずっと収入が良いという話ですが(特別税制と薬九層倍儲け分)ホントですか(自立開業ならば)。

御健康をお祈りします。

柴田三代治拜


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2002年10月29日

岡嶋先生

お手紙有難く拜見致しました。

医師会の倫理委員になられたとの事、全く適任人事と私は双手を挙げて大賛成です。

資料・その他の御質問いつでもFax下さい。お待ちしています。

 

在日中は本当にお世話様になりました。有難うございます。

ドイツ医師の倫理観も「衣食足りて礼節を知る」でテメエの腹が一杯にならなければ人の事なンザァ考へていられないという調子で詐欺行為から嘘偽申告、ヒドイものです。スイスにスキーに行った時に"Jeder denkt an sich, keiner denkt an mich,also denke ich auch nur an mich【誰も自分のことを考える、誰も私のことは考えない、それだから私は私のことだけ考える】" と楽書してあったのを見て笑ってしまひましたが、全くその通りです。

これで戦争にでもなって食物に困る様になったらモラルなんぞはそっちのけになると思ひます。医は仁術との事ですが、孔子があれだけガンバっても魯国の大司寇になっただけで、それよりずっとワルの劉邦が漢の天下をとったのを見ると "仁" だけではダメらしいですね。

では又  柴田三代治拜


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2003年10月8日

岡嶋先生

お手紙有難く拜見致しました。お元気で御活躍で何よりです。

ドイツの法制保険【公的医療保険のこと】は、医学的に1)必要で、2)有効な治療法を支拂う義務があるので患者の方は自分の3)個人的な希望が無い限り、別途に支拂う必要はありません。

1)必要かどうかは医師・健保と審査機関(MDK: Medizinischer Dienst der Krankenversicherung)の判定

2)有効かどうかは学術的な判断で薬品も必要性と効果証明の無い場合は保障されない(ネガチプリスト等)

3)治療法も針灸・ホメオパシー、各種(学術的基礎の無い又不十分な)治療法〜電磁気・オゾン・高温・低温・食事 等〜は支拂はれない。こヽでプライベート保険は一部支拂う事もある。

 

患者が感謝のしるしとしてプレゼントするのは金額にして2〜3000円程度で、又入院前に多額の金を出しても病院が公営・州営であれば医者一人のお手盛治療は不可能であり、外科手術なら麻酔から助手、術後のコントロールからレハビリとチームワークで、その内の一人に金を出しても特に効果は無い。

 

プライベート保険も法制保険と殆んど同じで、たヾ最低必要な治療以外に上乗せサービスとして一人部屋・食事・看護サービス・レハビリの量が良いわけで、本当に重患で集中治療となるとプライベートも何も差は無い。プライベート保険は上記 3)の学術的裏附の無い治療法を一部支拂う事もある。

プライベートの場合は医者が直接干与する治療診断は GOÄ(保険診療報酬法) の2.3倍、その外は(例へば血液検査・理療)は1.8倍請求出来る。
全患者の約10%のプライベート患者から2.3倍請求しても
経費となる病院事務・税収支出の分担後は大した別途収入にはならない。

面白いのは非健保患者で外国からの百万長者が保険項目外の治療、整形美容手術 又難治の病気の希望治療となると、これは無人の野でいくら請求しようが脱税しようが全く問題は無い。

 

医者の収入制限で、特に専門医の収入が前年に比べて一定の比率以上に上り過ぎる場合はカットされるので、専門医の間では四半期末【保険の請求は3ヶ月毎・日本は毎月】には診療所を閉め休暇とし、又従業員に休暇をとらせる。又予約制であると(特に歯科・整形外科)は次の予約が半年先というのも珍しくない。

又は隣国 オランダ・スエーデンからドイツへ(歯科)

英国からドイツへ(整形外科)

ドイツからハンガリー・ポーランドへ(歯科・眼科)

旅行と治療組合せでドイツからスペインへ(歯科)

安価で早い治療を探して動いて行く。(岡嶋:ドイツの義歯は公的医療保険であっても自己負担は高額につく)

この場合 袖の下を使って例外的に早期予約がとれるというがその委しい内容は不明である。

ドイツでは院長科長になると契約如何によってプライベートのベットを持っています。

その決算方法は不明ですが個人的にやらず病院事務を通じてやって居ります。

柴田三代治拜

 

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日本からのお客様―新聞記者

 

ドイツに来てから46年、日本人は居ないし日本料理店もない町で苦学生活をしてくると、日本から来た人には人懐しさを感じ身を入れて世話をしてやらうという気になる。自分の苦労、言葉・土地不案内・人種風俗の違ひ等身にしみているからそんな苦労をさせない様世話するわけである。

 

開業医になって33年、医療政策が世界中の問題となって来た今頃ドイツの田舎で開業医をやっている変り者がいて医療問題には少し委しいと判ると、それを手取り早く記事にする記者連中が来る。

その手紙はどれも同じ様なもので「何々先生(私の知人友人)のお話しでは先生は最近の何とかかんとかに委しい」「そこでお願ひしたいのは…」と始って 見学先 病院 養老院 開業医に連絡をとって 又私の御高説を拜聴したいという。私もお人好しで方々に連絡し相手の都合の良し悪しも無理してお願いし、世話した上には結局通訳として車で連れて行く。勿論新聞社の連中は手土産など持っていないしお礼をしようという気も無い。日本では一寸した新聞社にインタヴューされるのは名誉であって有難く、される方が感謝するのが当然というわけである。

 

せめて記事にした新聞とか写眞でも送ってくれば私の頼んだ先への義理も済むし顔も立つのであるが、それもしない。後は野となれ山となれ ドイツの間抜け医者に再会する事はまずあるまいとタカをくヽっているのである。「日本においでになった時には是非…」というのもマサカ来る筈はないしまた来てもわざわざ会う気遣ひなどないと思っている。

 

こんな事が数回あって私もこヽの友人に依頼することは止めにした。自腹切って依頼先にお礼したりするのはもうタクサンである。

 

それでもこりずにインタヴューの申込みはあり、ついつい日本の友人の先生の名を出されて相手になってやると「何月何日の何時、ホテルに居りますがお自宅までお伺ひしてもよろしいのですが…」とモチロン私が出てくるのを前提としている。知らない土地でバス電車で動くのもタクシーも言葉の点で大変だろうなどと気をつかっているのにも知らん振りをしているのである。

 

「お話の内容はこれこれ…とこヽ十数年間の記録を出来るだけひとまとめにして資料を持って来て、私の質疑に応答して貰ひたい」という。どうせ官責とみえて高級ホテル、一日3時間の講習予定にこのホテルに3〜4日滞在・土日とかけて週末はボンにデュッセルドルフにと大名観光取材旅行で、ライン下りも面白いと言う。日本の新聞社の伝統らしく、インタヴューは無代が普通で資料は一枚あたり10円のコピー代を出す(百円ではない拾円である)。又 ホテルまで来てもらった分のガソリン代100km 10リットルで往復40kmなら4リットル400円出したいと言う。こちらは開いた口がふさがらないというわけで、昔は人にものを頼んだり教へて貰ったり、世話になったりすると礼をしたわけで、何も出さないのを「失礼」と言うわけで、コピー代一枚10円というのを「無礼」と稱する。

これが日本最大新聞の○○新聞の記者やら医事界マスコミのI新○とか、昔はこんな連中にレストラン招待やゾリンゲンのナイフなどプレゼントした事もあったがもう結構。

今後一切新聞記者とはつき合はない事にした。悪しからず。            柴田

柴田医師はその後間もなくこの宣言を取消された。

 

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柴田三代治先生との会話から

 

日本の小児科医が救急患者を放置した新聞記事を読んでのご感想:これはひどい。

入院させたら一晩は返さない。

不明のときは上の医師に連絡:研修医Assistentarztは夜勤できるが、必ず医長か部長医Chefarztのバックグラウンドがある【ドイツの部長医については、私たちが全く気がついていない重要な責任と義務ならびに勤務条件があります。そのうちに紹介したいと思います】。

「忙しくて」「くたびれた」は理由にならない。病気のときは代わりの医師が勤めるのと同じ。

「満床」は理由にならない。どこからかベッドを探し出すなり、床に寝かせも収容する。【部長医は法規上または医療上支障がなければ、空きベッドを他の部局に貸す義務がある】

患者を転送するときは、その途中で状態がどう変化するかについての判断は送る医師の責任である。

 

医学的ミス: 上司(医長、部長医)に届け出る、これは自発的に医師会あるいは疾病金庫(健康保険組合)に届けることになる。ミスがあれば入院、治療が長引いたりしてコストが上がるので、疾病金庫が疑問に思うから届けておかなければならない。

疾病金庫のMDKは病院に2週間ごとに患者を見に来るので、入院の長引いている患者がいれば分ってしまう。

 

医療事故について:

基礎的知識に関するときは刑事事件になるが、止むを得ない失敗のときは医師は罰せられない。保険金が出る。

 

投与ミスについて: 医師が自らアンプルを切って注射する。もし他人がアンプルを切る場合は、注射器を必ず空になったアンプルに差し込んでおく。アンプルに差し込んでない注射器は捨ててしまい、絶対に使用しない。

アンプルは1回の投与分しか入っていないから、過剰投与になることはない。

 

「死因不明」と書くと法医の対象になる、解剖の費用は国が持つ。

民事責任ではGesundheitsamt保健医療の役所が法医に解剖をやらせる。

刑事責任では警察が解剖する。

 

補足
MDKMedizinischer Dienst der Krankenversicherung医療保険の医学的審査機関これは日本にない独特の組織である。医学的給付の質と給付の経済性を確保することを目的とした公的医療保険の組織である。これは、問題のある労働及び稼得能力の鑑定及びリハビリ処置や年金受給者の鑑定を扱っていた保険審査医から出発したもので、最近は、例えば介護保険において被介護者の介護度のランク付けのような社会医学的助言の任務が含まれるようになった。被保険者への給付の改善と給付の乱用を阻止することを目的としている。疾病金庫(健保)の要望により病院の経済性の審査に貢献し、病院治療の必要性を審査する。MDKは公法上の組織である。

これは医師の専門職であるが、最近は若い医師でこれを志望する者が多くなった。 

以上

 


 

 

以下は2004613日に「くすり勉強会」が催した[柴田先生を偲ぶ会]で述べた追悼の辞である。

柴田三代治先生を偲んで

 ドイツで開業しておられた柴田三代治医師と私との交流は、神奈川県大和市に開業しておられる菊地博医師の紹介により、1998年秋の文通から始まった。お会いしたのは20013月が最初で、2002年と2003年に来日されたときには数回ずつお目にかかり、先生の講演会のお世話をしたりした。そしてこれから先を楽しみにしていたところ、2004125日に突然他界されてしまった。痛恨の極みである。

 その間に柴田先生は私の手紙の質問に対してファックスで懇切に回答して下さった。私が疑問に思っていたことを裏づけして下さったり、また新しい情報を提供していただいたりした。これがなかったら、私の発表は何時も不安に満ちたものになっていただろう。お互いに日本語で、日本人の感覚を基礎にして会話ができたことは、幸運に恵まれたという一語に尽きる。しかし、運命はこの幸せを長続きさせてはくれなかった。これは、私たち日本人がもっと自立して物を考えよ、という天からの試練かもしれない。

 柴田先生から頂いた手紙は、わが国ではほとんど知られていないドイツの医療の実際を具体的に伝えていて、医療の本来あるべき姿を教えてくれる指南書とも言える貴重なものである。この内容を皆で共有し活用することが、故人に捧げる花束になるのではないかと考え、抜粋を作成することにした。

 これらの手紙は、主として質問への回答という形で書かれたものであるが、質問を併記しなくても十分に理解していただける内容になっていると思う。

 ドイツの医療経済は世界的な不況の中で苦しんでいるが、患者により良い医療を提供するための努力はあらゆる面で力強く推進されている。そして、そのらの活動の実態は速やかにまとめられて、インターネットなどで活発に発表されているが、その情報は透明であり量はますます膨張している。先進工業国の中で米国、日本に次ぐ大人口を有するのがドイツであるが、これを機会に注目していただきたいと願っている。

 柴田三代治先生のご冥福を祈りつつ

2004年6月13日

岡嶋道夫

東京医科歯科大学 名誉教授